文化財・歴史

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文化財・歴史関連のお知らせ

イベント

(2017/10/24)『縄文すてい~音江の縄文人になりきろう!!~』を開催します!!

(2017/09/07)第2回『文化財ウォーク~歴史のあしあとを歩こう!!~』を開催します!!

『文化財ウォーク~歴史のあしあとを歩こう!!~』を開催します!!


お知らせ

 


音江の環状列石(おとえのかんじょうれっせき)

音江環状列石は、稲見山と呼ばれる丘陵(標高113~117m)の突端部にあります。これは、石を環状に並べ、そのなかを小石でしきつめたり、中央に石をたてたりしたものです。
明治の中頃には存在が知られていましたが、本格的な調査は昭和27年から昭和31年まで東京大学考古学研究室を主宰していた駒井和愛(こまい かずちか)教授によっておこなわれました。この調査によって北側に10基、南側に3基が確認され、このうち9基が発掘調査されました。それにより、翡翠玉や朱漆の弓、石鏃、土器などが出土しています。

住所 深川市音江町字向陽171番地1 MAP
電話番号【お問合せ先】深川市教育委員会生涯学習スポーツ課:0164-26-2343
国指定史跡

メム神社・芽生神社本殿(めむじんじゃほんでん)

メム地方に多かったヤチダモを素材に、明治33年10月2日に奈良県吉野郡(よしのぐん)十津川郷(とつがわごう)からの移住者である浦典相(うらてんそう)氏が中心となって建立しました。1.4mもある竜の彫刻をはじめ、壁や破風(はふ)などにも彫刻がほどこされ、芸術的にも価値の高い建築物です。現在は、本殿を覆うように屋根、壁でさやがけされており、風雨霜雪(ふううそうせつ)にさらされ朽ちるのを防いでいます。

本殿の見学を希望の場合は事前にお問い合わせください。
電話:090-1303-6822

住所 深川市深川町字メム6号線本通67 MAP
電話番号【お問合せ先】深川市教育委員会生涯学習スポーツ課:0164-26-2343
市指定有形文化財

屯田兵屋(とんでんへいおく)

明治28年と29年に北境の警備と北海道開拓のために、一已と納内に入植した雨竜屯田兵の住居を復元し移築した建物です。梁(はり)の一部に当時のものを使用し、まさぶき屋根にするなどほぼ完全に復元しています。兵屋は、最初の屯田兵村である琴似(ことに)のものにならってつくられています。現在、兵屋の中にはピーポー銃、軍服など屯田兵に関する資料を展示しています。

住所 深川市西町3番地15 MAP MAP
電話番号【お問合せ先】深川市教育委員会生涯学習スポーツ課:0164-26-2343
市指定有形文化財

旧鷲田農場事務所(きゅうわしだのうじょうじむしょ)

旧鷲田農場事務所は、鷲田軍蔵(わしだぐんぞう)が農業事務所として明治43年から3年の歳月をかけて建てたものです。軍蔵が資金をため、音江で開墾をはじめたとき住宅として建て、家族と小作人、使用人とともにくらしていたようです。当時のまま残っているのは階段及び2階和室などごく一部ですが、カツラやエンジュの長材柱などから当時の豪壮さをしのぶことが出来ます。

住所 深川市音江町2丁目11番地38 MAP
電話番号【お問合せ先】深川市教育委員会生涯学習スポーツ課:0164-26-2343
市指定有形文化財

猩々獅子五段くずし(しょうじょうじしごだんくずし)

明治28・29年、一已地区の入植(にゅうしょく)開拓(かいたく)がはじまりましたが、人々は開墾(かいこん)の仕事におわれ、楽しみや娯楽はなに一つありませんでした。しかし、屯田兵(とんでんへい)とその家族が、出身地の讃岐(さぬき)(香川県観音寺(かんおんじ)市)地方の獅子舞を思い出し、里帰りした際に道具一式と獅子舞の師匠とともに帰り若衆(わかしゅう)に練習させました。これを明治35年9月の大國神社の例大祭(れいたいさい)に奉納したのが始まりです。

住所 深川市一已地区 MAP
電話番号【お問合せ先】深川市教育委員会生涯学習スポーツ課:0164-26-2343
市指定無形文化財

多度志獅子舞(たどしししまい)

多度志地区に入植した赤岩(あかいわ)氏親子が、故郷富山県に伝わる獅子舞を多度志神社に奉納し伝承したものです。この舞は、富山県東砺波郡(ひがしとなみぐん)上平村(かみたいらむら)の猪の谷が発祥とされており、平家の落武者(おちむしゃ)が農作物を守るため、笛や太鼓などを打ち鳴らして猪を退治したという故事(こじ)に由来します。型は二頭の獅子(二人立て)の八尾型で5つの舞で猪退治のあり様を激しく勇ましく表現しています。

住所 深川市多度志地区 MAP
電話番号【お問合せ先】深川市教育委員会生涯学習スポーツ課:0164-26-2343
市指定無形文化財

納内町猩々獅子舞(おさむないちょうしょうじょうじしまい)

納内地区に、屯田兵として明治28年に入植した矢野浅次郎(やの あさじろう)氏が始まりといわれています。矢野氏は同35年に屯田兵役解除になり、同40年に郷里の香川県木田(きた)郡奥鹿村(おくしかむら)(現三木町(みきちょう))に伝わる猩々獅子舞を受け継ぎ、自ら師匠となって獅子組長、地区の青少年に伝承しました。獅子舞は2頭で舞いますが、普通の夫婦獅子(めおとじし)のように横並びではなく、前後一列で舞うのが特徴です。

住所 深川市納内地区 MAP
電話番号【お問合せ先】深川市教育委員会生涯学習スポーツ課:0164-26-2343
市指定無形文化財

音江法華駅逓所跡(おとえぼっけえきていしょあと)

駅逓所とは、北海道の開拓時代にできた宿場(しゅくば)のことです。廃藩置県(はいはんちけん)後、開拓をすすめるため、札幌から上川に至る主要交通路として「上川道路」の工事がおこなわれることになりました。この完成に伴い設けられたのが、この音江法華駅逓所です。駅逓は上川道路の中継点として人馬(じんば)を備え、宿泊と運送の便をはかる重要な役割を果たしました。

住所 深川市音江町字音江42番地3 MAP MAP
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市指定史跡

屯田歩兵第一大隊本部跡(とんでんほへいだいいちだいたいほんぶあと)

屯田歩兵第一大隊は、もともと札幌に本部がありました。しかし、本部を札幌から深川に移す計画がたてられ、明治28年から29年にかけて屯田兵を新たに募集し雨竜屯田兵村(うりゅうとんでんへいそん)の編成をおこないました。その後、移転して来た場所が、この屯田歩兵第一大隊本部跡です。現在、当時の建物などは残っていませんが、「教円寺」の境内に標柱(ひょうちゅう)が建てられその位置が示されています。

住所 深川市一已4151番地3-5 MAP MAP
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市指定史跡

監的壕(かんてきごう)

明治28年・29年に入植した雨竜屯田兵(うりゅうとんでんへい)の射撃訓練場跡(しゃげきくんれんじょうあと)です。壕は的の下につくられており、射撃訓練の際に命中率を確かめるためのものでした。当時は土壕だけでしたが、昭和7年に在郷軍人分会によって、コンクリート造りの壕となりました。監的壕の場所は「丸山寺」の裏手にあたります。

住所 深川市一已町字一已2527番地10 MAP MAP
電話番号【お問合せ先】深川市教育委員会生涯学習スポーツ課:0164-26-2343
市指定史跡

先住民族の竪穴住居跡(せんじゅうみんのたてあなじゅうきょあと)

神居古潭(かむいこたん)以西の石狩川沿いに擦文時代(さつもんじだい)の竪穴住居跡や、炉からでる煙を外に出す役割である煙道(えんどう)などが発見されました。昭和41年に実施された発掘調査のときには、床面(ゆかめん)はほぼ正方形で、角はややまるみをおびている竪穴住居が発見されました。炉の近くから、須恵器破片(すえきはへん)や擦文土器片(さつもんどきへん)、石斧片(せきふへん)、石刃(せきじん)、エンドスクレーパーなどの石器類が出土しています。

住所 納内町納内4168番地先石狩川河川敷 MAP MAP
電話番号【お問合せ先】深川市教育委員会生涯学習スポーツ課:0164-26-2343
市指定史跡

深川市水稲発祥の地(ふかがわしすいとうはっしょうのち)

明治25年、高橋 惣吉(たかはしそうきち)が旧上川道路(きゅうかみかわどうろ)近く、音江川沿いの湿地10アールほどに種もみをおろしました。これが深川市における最初の水稲栽培でした。明治30年までは、北海道の寒冷な気候の影響で水稲栽培の成功例はほとんどありませんでした。そのため、屯田地での水稲栽培は禁止されていましたが、惣吉が助言を行うなどして水稲栽培の成功例が増えたようです。

住所 音江町字音江400番地12 MAP MAP
電話番号【お問合せ先】深川市教育委員会生涯学習スポーツ課:0164-26-2343
市指定史跡

きたそらスポーツ

きたそらまなびっと

事業概要

深川市・文化スポーツ推進機構|【まなつど】 学びと集いの郷プロジェクト/深川市ではスポーツ合宿によるまちづくりに取り組んでいます。

深川市 文化・スポーツ推進機構

深川市教育委員会生涯学習スポーツ課 文化・スポーツ係
〒074-8650 北海道深川市2条17番17号
TEL:0164-26-2343 FAX:0164-22-8212

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